JAFストーリー

003 ぴったりサイズ

 

「お嫁に持っていく着物を買ってくれるゆうんで……」

 

 12月。結婚を目前に控えていた麻美さんは、おばあちゃんに着物を買ってもらうことになった。着物をつくるのには、いくつかのプロセスを経る。そういう打ち合わせのために、麻美さんは、おばあちゃんを迎えに行った。

 

 麻美さんは、十二単の着つけ免状を持っている。それほど、着つけのことを、きちんと習ってきた。新しい着物を買ってもらうのはうれしい。

 

「できあがった日やったんかなぁ、あれ……」

 麻美さんが訊く。

 

 となりで88歳のふみ子おばあちゃんが答える。

 「寸法取りに行く日やってんな……」

 

 ふみ子おばあちゃんの記憶のほうが、正確だ。

 

「私をね、迎えに来てくれましてん。呉服屋さんに向けて行こう思て」

 

 淀みもなく、明快なおばあちゃんなのである。

 

 風が強く寒い日だった。

 山に面した集落におばあちゃんの家はある。

 足が悪いおばあちゃんのために、麻美さんは、わざわざ庭先にクルマを入れて、玄関前につけようとした。

 家は坂道に面している。家の手前は石垣で、向かいは高いブロック塀だ。細い坂道は家の先でゆるく蛇行している。

 

「いつもおじいちゃんが軽トラに乗ってシュイって止めてるから、私もいけるやろ、みたいな」

 

 細い坂道から直角にバックしてクルマを入れようとした。

 はじめての経験だった。

 バックをはじめるのが少し早すぎた。

 クルマの後部が石垣にぶつかりそうになり、だめだと思って前に出し、何度かハンドルを切り、前後に動かしているうちに——。

 

「前にも行けへん、うしろへも動けへん」

 おばあちゃんが、そのときのことを思い出して、笑う。

「ようこんな、うまいこと入ったな」

 と、おばあちゃんがあきれるほどみごとに、クルマが真横になって、坂道をふさいでしまったのである。前方にブロック塀。うしろは石垣。

 

「ほんとにもう、あそこのサイズが私の車のサイズとぴったりだったんです」

 

 クルマの全長と道幅が同じサイズだということを、麻美さんはそうやって知った。

 

 驚きつつも、もう、自分の運転では、どうしようもなかった。

 JAFを呼んだ。

 高田康司隊員がやってきた。

 

「せまい坂道です。なので、レッカー車は坂の下に止めて、ガレージジャッキを持って、坂道を歩いてあがっていきました」

 

 京都の街中とか山の近くとかは道がせまく、同じようなトラブルは少なくない。レッカー車をたんぼの脇に置いて、高田隊員は、重い工具を持って坂道をあがった。

 

「ぜんぜん隙間がない状態で……」

 

 ごく単純なトラブルのように、高田隊員は、そのときの様子を話した。道幅いっぱいに、クルマが横向きの状態。そんなことが、わりと頻繁に起こる。それが京都である。

 

「ジャッキを入れて、そのまま平行に振る感じですね」

 

 ガレージジャッキは車輪がついているので、車体の下に入れ、平行にずらす。

 

「少しずつ振って、降ろして、それを何回か繰り返して脱出させました」

 

 石垣とブロック塀のあいだはさまってしまったクルマは、そうやって、ゆっくりと回転したのである。

 

「すぐでした。傷もぜんぜんつかへんかったし」

 麻美さんは感心している。

 

 携帯電話でそのときの写真とか、撮ってないんですか? と訊いてみた。

「撮ってないです。恥ずかしくて、よう撮らないです」

 と、麻美さん。

 

「いまから思たかて、ほんま、ようあないにうまいこと入れたな思いますわ」

 

 おばあちゃんは何度もそう言って、笑うのである。