JAFストーリー

007 地獄に仏

 

 加山さんは、毎年、正月とお盆の時期に山に登る。今年の元旦は霧島連山縦走を選んだ。高千穂河原のビジターセンターから入り、えびの高原に抜けるコースだ。

 

 スタート地点まで奥さんのクルマに乗せてもらい、えびの高原まで迎えにきてもらう計画だった。

 

 前日の大晦日。寒波がやってきて、標高が高い県道の路面凍結の注意報が出た。それで、宿泊先のホテルにチェックインする前に道路状況の下見をした。予想通り、路面はうっすらと凍結していた。

 途中、ゆるやかな登りの右カーブで、クルマが突然、滑りはじめた。

 

「ゆるい坂道をくだって、それから登りだったからね。スピード出てると思ってパッとブレーキ踏んだのが、ちょっといけない。キュッと曲がってガツンとなった」

 

 滑りながら180度ターンして反対車線の側溝に落ちたのだ。左側の両輪が溝にすっぽりとはまってしまった。後輪はパンクした。

 

 そこは携帯電話がまったくつながらないところだった。通りがかったふたりの男性が手伝ってくれたが、重いクルマはとても上がらない。加山さんは自分のJAF会員証をふたりに見せて、電波がつながるところで連絡してくれるように頼んだ。

 

 少しずつ暗くなってきた。通りかかったクルマが、また声をかけてくれた。今度は乗せてもらうことにした。ビジターセンターまで行こうと考えたのだ。

 

 すでにJAFには連絡が入っていた。ビジターセンターで落ち合いたいとオペレータに告げた。

 

 やってきたのは渡邉康彦隊員。レッカー車の車内で状況を説明すると、渡邉隊員は広い場所でレッカー車にチェーン装着をはじめた。

 

「まだ早いんじゃないか?」

 と、加山さんは思った。そのあたりの路面は凍結していない。

 

 渡邉隊員は、そのときのことをよく覚えていた。

 

「あくまで、念のため、でした。こちらのレッカー車が滑ったらどうもできないですから。行ったら、それが的中して……」

 

 現場はアイスバーンだった。

 

「結局、滑ったときに気づくんです。でも遅いんですよね。雪が降ったらアウトですね、鹿児島は、ほんとに渋滞とか事故も増えるんで……」

 

 鹿児島のJAF隊員は、冬になるころ、レッカー車にチェーンを装着する練習をする。鹿児島では、それくらい雪は珍しい。スタッドレスタイヤなどの凍結対策をするドライバーもいないそうだ。

 

 加山さんも、もちろん……。

 

「行ったことはないけど……地獄に仏って感じだったよ」

 

 最後に、殊勝な顔つきで、加山さんは言った。

 

 とはいえ、実は彼はタフな男である。若いころ自衛隊にいた。レンジャー訓練も受けた。以来、毎朝7キロのジョギングは欠かさず、これまで地球2周分は走ったと豪語する。

 

 隊員の救出作業を見ながら、どうやら加山さんは、少しばかり楽しそうだったらしい。